ドラマ「ちりとてちん」

●おしょう記●本日、NHKの朝の連続ドラマ「ちりとてちん」の最終回だった。毎日これを見ないと始まらないぐらいはまっていたので、結構さみしい。来週から何を楽しみに生きて?いけばいいのか。

●実際この「ちりとてちん」は、ユーモラスな中に、結構含蓄のある言葉がちりばめられていたので、法話(お説教)その他でも十分活用させてもらっていた。

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「ちりとてちん」語録から

「きよみは、ぎょうさん笑うて生きていけばいい。」

ご存じ、若狭のおじいちゃんが、子供の頃のきよみに言い残した言葉。この言葉を胸に
きよみが自分の道を求めて大阪に出て落語と巡り合う。基本的に人間は自分の好きな
ことをやって楽しく生きていけばいいという大らかな人生賛歌として聞かせてもらった。

「おかしな人間が一生懸命生きているから、この世は面白い。」

これもおじいちゃんの言葉。人はつい、他人に対しては難しいこと要求しすぎる
傾向があるかもしれないが、しょせんどんぐりの背比べ。仏さんの目から見たら
人間の煩悩も含めて、丸ごとおかしな人間の世渡りにすぎないのかも・・。
本山の機関紙のコラムにも引用させてもらった。

「師匠の言葉は何十年たってからわかることもある。」

これは草々の言葉やったか?中身は忘れたけど、師匠が亡くなってからひょんな
ことから師匠の言葉をかみしめて思い出していやような・・。親の言葉も同じ
かもしれない。

「塗箸は漆を何度も塗重ねて作っていく。人生も塗箸と同じで、最後に浮かび
上がって来るのは、自分で塗り重ねたものだけ。一生懸命生きていれば、悩んだことや
落ちこんだことも、いつかきれいな模様となって浮かび出てくる。」


一番よく使われていたフレーズだったかな。我田引水だが、浄土真宗では、信心を
得ることを回心ともいい、それは自分の努力で得られるものでなく、如来から賜るもの
という。

人間にできることは、毎日一生懸命生きることだけ。(あと問法することと)
そしていつか信心を得たときには、自分のすべての人生が無駄ではなかったと思える
という。ちょっと重なるところがあったので、お説教ではよく引用させていただいた。

「自分が照らされるだけでなく、人を照らすのも立派な生き方や。」

最後の週で、若狭が親友の順子から聞かされ、自分の生き方を変え、落語をやめる
決心をする。それと連動して、若い時に「おかあちゃんみたいになりたくない!」と家を
飛び出したことを母親に謝り、「おかあちゃんみたいな人間になりたい」と告げる。
最後の感動的な場面やったなあ。

「おかしな連中の陽気な道中」

落語の定番フレーズを自分たちに重ね合わせて、ラストの出産場面で若狭のモノローグ
で使われた。何やかんやあっても、人間の生き方をこんな風にポジティヴに捉えられたら
ええなあ。ちょっとしたラテンのノリやな。

★それから忘れていたのであとから追加。五木ひろし!。きよみのお母ちゃんが大ファンでドラマの中でもキーパパーソンになっていたが、特に大事な場面で歌われた「ふるさと」。「あーあー誰にも故郷がある~」で、これも「浄土はこころのふるさと」と言った人もいたが、いつか帰っていくところを持っている人は幸せだということ。

これもお説教の最後に使わせてもらいやすかった。と、いうことで、「ちりとてちん」をすっかり抹香くさくしてしまったかもしれないが、本当に良いものは、いろんな解釈ができる普遍性をもっていることの証だろう。

ーその他にも、「家族(疑似家族も含めて)のつながり」とか、「伝統を伝えていく」とか「歴史の流れの中に生きる」とか、今どきよそで聞いたら、恥ずかしくなるようなことを、いやみでなく、うまくちりばめながら、面白く作られていたドラマだった。繰り返すが本当に終わって残念だ!

と、思ってNHK「ちりとてちん」のサイトを見ると、ちりとてちん落語SPワールド関西版スペシャル番組総集編特集予定など満載の予告が載っていた。ファンは要チェックですぞ!

ここです http://www3.nhk.or.jp/asadora/index.html

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