GWとお葬式!

●おしょう記●早くも5月に突入。世間はゴールデンウィーク。最近はめったにGW中に法事を勤められることも少くし、おてらハウスも休業にするので、比較的、世間並の休みをとれることが多いのだが・・。

●連休直前、やはり急な「お葬式」の連絡が入った。別に海外旅行の予定をしていたわけではないので、充分対応はできるのだが、やや予定の日程を調整しなければならないことにはなった。これはもう、一年三百六十五日、お寺の宿命である。

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●「お葬式」つながりでいうと、先月、あるNPO法人が主催する「葬儀のありかたを考える会」というのに出席した。

数年前からご縁のある、ある東京のNPO法人が主催し、午前中は最近の葬儀事情についての勉強会。午後は一般市民の方々と僧侶の交流会というスケジュールだった。

●勉強会では、最近、東京など大都会では「直葬」(ちょくそう、じきそう)と言って、通夜や葬儀をせずに、直接、火葬場などへ御遺体を運び、そこで簡単にお別れだけするような形式の葬儀が、3割にも達しているということなどの報告をうけた。

島田裕己著「葬式は要らない」などという本も売れていて、確かに日本の葬儀は、諸外国に比べ、お金がかかりすぎるということで、それに高齢化や諸々の社会状況をかかわって、葬儀の簡素化がすすみ、爆発的に変化が起きているそうである。

京都あたりでも、いずれここ数年の間に大きな変化が訪れるだろう。実は4月に、うちでも一件その「直葬」を経験している。

たまたま色々な御事情から、うちわの家族だけで勤められたのだが、こちらも通夜やお葬式がないまま、直接、火葬場の方へ寄せていただき、最後のお経だけあげさせていただいた。

今までなら、枕経からお通夜、そしてお葬式に初七日と、最低でも4回は通い、お互いに徐々に「気持ちの盛り上がり?」のようなものがあって「葬儀」というものが成り立っていたように思うのだが。それが「一発勝負」で終わってしまうというのは、慣れないこともあって、やや「未達成感」も残ったのも事実だ。

しかしその後、一緒に斎場で残って遺族の方々とお話もし、「骨あげ」の後、ご自宅へ移動して初七日もお勤めできたので、それはそれで良かったかなとは思えはしたのだが・・。

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●先の勉強会の午後は、一般市民の方々と僧侶の交流会ということで、当日、参加したさまざまな宗派の僧侶が10数名いたのだが、応募されていた約50名もの市民の人たちが、それぞれテーブルに座っている僧侶の元へ行き、普段聞けないような質問をなんでもしてもいいというコーナーだった。

当日は知人の本願寺派の僧侶の方と一緒に参加したのだが、他の宗派のいかにもお坊さんらしい風貌の僧侶の方に比べて、あまり坊さんらしく見えない我々のところには、さほど多くの人は来てもらえなかった・・。

それでも1時間ほどの間に5名ほどの方とお話して、仏壇の飾りの話や、転派ができるかどうかなどの、素朴な質問に答えさせていただいた。

普段の檀家さんとの付き合いとはまた違った「変わった体験」をさせてもらった一日だった。

●いずれ、葬儀のありかたも、お墓のありかたも、お寺のありかたも、ここ10年ほどで大きく変化していくだろう。

そんな中で、単に「葬儀ばなれ」を嘆くのではなく、社会の中で寺院が果たせる役割を見直していくことこそ大事ではないだろうか・・・なんちゃって何か新聞のコラムみたいになってしまった。

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