3月の終わりに

●いろんなことがあって、なかなかブログに手がつかず、気がつけば3月末。せめて今月中に1回ぐらいは書きこもうと思い、ここに書きこんでいる。

●3月初めは、1週間ほど滋賀県近江八幡方面へ本山派遣のお説教に行っていた。

6~7か寺のお寺を廻り、ずっと泊りがけではないが、時々ビジネスホテルに泊めてもらったりしながら、空いている時間には近くの安土城資料館なども見学し、それなりに気分転換にもなった。

それも終わり、さあ今度は4月の「桜まつり」に向けて頑張ろうという時に、例の「東日本大震災」が起きた。

連日、すさまじい報道が流され、一体どうなるのかわからないありさまだった。

佛光寺の「桜まつり」もどうしようかということになったが、協議の結果、中止ということになった。

協賛関係やステージ出演者への連絡などもあり、事後処理も結構大変だった。これが前向きにやる方向なら、まだしも、やめる方向なので、気分的にも元気がでない。

住職作「不思議探偵レム」より
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●おてらハウスで美也子が担当して進めていた、浄土宗の僧侶の方々による「生け花と絵画」のコラボレーションとジャズライブも中止になってしまった。

浄土宗では、早々に本山が3月から始まる予定だった大遠忌を延期されたので、その影響もあったようだ。

●うちの本山佛光寺の大遠忌のイベントも、一度はかなり縮小する方向で論議がされたが、こちらは、ほぼ原案どおり実行されることになった。ただ祝賀会や境内外での屋台などはやめることになった。

全体に「震災救援金集め」ということを前面に出して、各イベントなどを実施するらしい。水木一郎のコンサートや桂ざこばの落語も健在だ。

●そんなことで、早くから悩むほどたくさんの任務を背負って準備してきたことが「お流れ」になって、楽になったとも言えるし、やや肩すかしで虚脱感にも陥っているところである。

●しかし、今の日本の状況はそんなことも言っていられないほど大変だ。

東北の地震、津波だけでも大変なのに、加えて原発の事故。日本中がどうなっていくのかわからないほどだ。

早々に色々なところで、義えん金を集めたり、現地にボランティアで向かう人たちも多い。

何もやってないと心苦しいほどの状態だ。

●確かに具体的な支援も大切だが、一方で「心の支え」についても考えさせられた。

これこそ「宗教」の役割かもしれないが、実際は声を聞くような活動の方が大事だろうが、それでもどこかで「本当の救い」ということを説いていかねばならないのではないか?

鎌倉時代、法然上人や親鸞上人は、飢餓や戦乱の中で苦しむ人たちの中で「お念仏」ひとつで救われる世界を説いていかれた。

それは、「食料」にも「医療」にも見放された人たちに、それでも救われる世界があると教えられた。「浄土」は決して死んでからだけの世界ではないが、やはり「死」を意識した上での説教だったのではないかと思える。

●実は3月に入ってから、お葬式も結構たくさんあった。今までもお通夜などでは「お説教」的な話はしているが、今回は、やはり誰しも、いつなんどき、どうなるかわからない世界に生きているということをより実感しながらの話になっているように、自分でも感じている。

ということで、明日も小中学校の同窓生に頼まれ、彼のお母さんのお葬式を勤めさせていただくことになっている。

この記事へのコメント

素人の仏師
2011年04月15日 02:56
未曾有の大災害の只中で、私自身は何ができるのかと自分に問うていました。この度、東北震災地域への介護職員の災害派遣のメンバーに選ばれました。宮城県石巻市女川の老人ホーム女川に行ってきます。津波や火事で家と家族を失いながら、不眠不休で働いている現地の介護職員の応援に少しでもなれば良いと願ってます。また、色んな意味でケアの質が低下してしまって困っておられる高齢者の方々に対する、ケアのテコ入れに少しでもお役に立てればと思います。また、帰京すれば、報告と挨拶かたがた、おてらハウスへ立ち寄らせていただきます。
2011年04月23日 21:00
素人の仏師さん、またまたコメントの公開が遅れ申し訳ありません。
直接東北へ行かれるそうで大変ご苦労様です。是非また現地の様子などお聞かせいただければと思います。

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