大遠忌終わる!

●おしょう記●前回は住職が書いたのだから、今度は美也子が書くと思っていたのに、前回、日記風に書き始めたのだから、今度もあんたが書けということで・・・押し問答もあったのだが、時間ぎれで・・・今回も私が・・。

●と、いうことで、先週末、やっと大遠忌も終わった。記憶も新しいうちにと、後半の様子など。

メイン会場の本山大師堂
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5月24日(火) 
今日も午前中は出勤(僧侶として法要に参加)。もう何日めかのなので、流れもだいぶ慣れてきた。相変わらず足は痛い。

法要の時はこの格好
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お堂からお堂へのお練り(入堂式)が毎回行われる
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今日は3時から、「佛光寺の伝統を聞く」と称して、声明(節のついたお経)の発表と「リレー絵説き」というスライドを使って親鸞上人の生涯をリレー形式で説く新しい試み。

声明の時に横で雅楽の笛を吹く。今回初めて佛光寺の内輪で楽をつけたいと大阪の住職さんに声をかけられて、6年ぶりのブランクを乗り越え参加。前に上手な人がいてくれたので、何とか格好がつく。冷や汗もの。

5月25日(水)
今日は午後からのイベントで桂ざこばさんが登場。大勢の人が来られる。前座の後、ざこば師匠登場。さすがに登場するだけで会場が沸くというのは、貫禄のなせるわざ。話しも「子はかすがい」という人情物で、会場大いに盛り上がる。話芸の神髄をみる。

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5月26日(木)
今日も出勤。午後は本願寺派の釋徹宗先生を迎えて講演会。主催する団体の幹事なので、打ち合わせにも参加し、本番は舞台上に出て、後で先生に質問する係り。マスコミなどで見るとおり、幅広い学識からどんな質問にも歯切れよく答えておられた。

講演前に記念撮影。総長と釋先生、後ろに主催団体幹事。
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5月27日(金)
今日は、3時からの「リレー絵解き」の演者の一人なので、緊張する。一生懸命、「ご伝文」という、昔から伝わる親鸞上人の御生涯を説く文書の独特の読み方などを練習する。

全体的には評判はまあまあだったが・・えらい先生からは「完成度が低い!」とダメ出しを受ける。確かに完成度は高くないが、そもそも皆、練習段階では、完成度を問題にする以前の状態だったので、よくここまで来れたというのが実感。

●夜はいよいよ最後の講演者、羹尚中さんの講演。途中、雨も激しくなったが、大勢の聴衆が集まる。ご本人はTVなどで見るとおり、背が高くでダンディー。低い穏やかな声をされていた。

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少し体調がすぐれないとのことで、1時間ほどの講演だったが、3・11の震災以後の日本人の進むべき道について、熱心に話された。

人間は「考える葦」だが、同時に一本では成り立たない「支えあう葦」でもあるとの言葉が印象的だった。

5月28日(土)
最終日。今日は出勤せず、雨の中、スタッフとして外回りの誘導や色々な人の写真を撮ったりしていた。すべて行事が終わり、団体参拝のバスを送りだした後、本堂で御門主を交えて記念写真。

毎回スタッフの時はこの格好で
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衣やスタッフジャンパーに着替えて、ちゃっかりと何枚も写る。美也子も坊守会として後の写真に写っていた。

とにかく終わってホッとの、毎日が忙しくもテンションの上がっていた日々だった。

この記事へのコメント

素人の仏師
2011年06月01日 18:37
姜尚中さんの講演に参加できて嬉しさ一杯です。ご住職から講演の知らせをいただけ、ありがとうございました。死を遠ざけ、人生の暗闇に目を背け、ただ明るいことを良しとし、富をひたすら求めてきた日本人の価値観がある。震災後、いかにこの事が脆弱ではかないものかが露呈した。今、わたしたちは身近な家族や友人関係に目を向け、しっかりと向き合おう。この辺のことが、僕には心に残っています。これを聞いて、思ったことがあります。人生における確かな真実(幸せ)は、わたしたちの足元にあるのでは・・・例えば、夕闇迫る寂しい町中を歩いて帰る人がいる。薄暗い中、ポッと近所の家に明かりが窓から漏れるのを見て、とても救われた思いに浸る。こういうような何でもないことが、ちっぽけだけど人生の真実があると思ったのです。
また、おてらはうすにお邪魔させていただくので、仏法から見た人生の真実などをお聞かせください。

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