インド旅行記 1

●おしょう記●突然だが、インドへ行って来た。実は昨年末に、知人で日蓮宗僧侶の杉若恵亮師が主催する「ボンズクラブ」のインドツアーにお誘いを受け、今まで僧侶でありながら一度も仏蹟を訪れたことがなく、いつかは行ってみたいと望んでいたので、万難を排して?参加させてもらうことにしたのだ。イヤー、インドはやはり聞きしにまさってすごかった。ということで、今回からは何度かに分けて「インドツアー記」を・・。

●2月5日早朝、京都駅からはるかで関空へ。関空でツアーの全員が合流。男性5人、女性3人、添乗員1名、計9
名の家族的なツアー。初参加はうち5名。主催者の杉若和尚にいたっては、何と10回目のインドだという。インドは人によって、はまる人と二度と行かないという人に分かれると聞くが、はたして自分はどちらになるだろうか?

杉若師ほかツアーの面々と
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バンコクでの乗換待ち時間などもあり、同日夜遅くにインドのムンバイ空港に到着。インド西部の大都市だが、空港
の外はいきなりインド!(あたりまえか)。用もないのに?かどうかしらないが夜遅くにもかかわらず、大勢の人が空港の外に群がっている。

車がひっきりなしにホーンを鳴らして人をかき分けてゆく。夜なのにあちこちで大きな音で工事が行われている。とにかく人と車が多い。ムンバイは大都市なのでまだ車が多いが、地方にいくとこれがリクシャー(自転車がひく人力)やオートリクシャー(バイク版)が増えていくそうだ。こうしてインドの一日目が始まった。

●2月6日(二日目)
AM5:00にモーニングコール。朝食後、バスで駅へ。インドの駅は改札口もなく、いきなりホームに入る。自分たちは指定席だが、一般の自由席に乗るインドの人たちは延々と長い列を作っている。これでも警察の指導で、最近やっと列になってきたそうだが、それでも時々横から列に入ろうとして、警官に警棒でたたかれそうに!なっている人もいる。

大きなトランクなどは専門のポーターが運んでくれる。20K近いトランクを一人で頭や両腕で3個も4個も運んでいく。まさにプロフェッショナル!

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列車のあとバスに乗り換え、PM4:00ごろ、やっと最初の見学地のエローラ石窟寺院に到着。世界遺産の一つで
、大きな岩山を何世紀にもわたって延々と手掘りで掘って、仏教、ヒンズー教、ジャイナ教などの僧院や礼拝堂を建
築したものである。

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仏教関連もさることながら、特に圧巻は第16屈のヒンズー寺院。ここは真上から掘り下げてさまざまな建築物や、
装飾物を掘り出したものだ。そのかかった年月(ここだけで百数十年ぐらいといわれる)や労力を考えると昔の人の
情熱に改めて感動する。

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●話は変わるが、このあたりから、本格的にインド名物?の土産物売りの洗礼をうける。バスを降りると何人もの土
産物売りが寄ってきて、巧みな?日本語で「コレヤスイ!」「アトデ!」「ワタシ、カトウデス」とか言いながらネックレスや絵ハガキを売りにくる。断っているとだんだん安くなっていって、最初は全部で3000円とかふっかけていたのが1000円ぐらいまでになってくる。

最初はなかなか対応の仕方がわからず、ひたすら無視をして歩いていたが、旅の後の方ではだんだん慣れてきていろいろちょっかいをかけながら、どこまでまけるか試してみたり、時には少しだけ買ってみたりと臨機応変に対応できるようになってきた。
最後の方では、土産物売りがいないのがさみしいと感じるほどだった。ひょっとしてインドに適応できてきたのかも
・・。

●2月7日(三日目)
AM8時ごろホテルを出発。バスで2時間ほどのアジャンタ石窟寺院へ。こちらは実は昨日のエローラよりも早く、約2世紀から7世紀にかけて、長細い三日月型の渓谷に作られ作られた29の仏教僧院群だ。

エローラの彫刻に対し、アジャンタは壁画で有名だ。千数百年前の壁画が、一部は剥がれたりしながらも、当時のままの色彩を残して保存されている。千年近くも密林に埋もれていたのが、19Cになって、たまたま虎狩りに訪れていたイギリス人将校によって発見されたそうだ。

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保存のため、基本的にはカメラのフラッシュは使えないが、場所によっては可能なところもあり、またこのツアーは
色々なコネをもっているらしく?特別に許可してもらって入れたところなどもいくつかあった。(もちろん後でいくばくかの寄付を要求されたが・・・)こんなところなども欧米などの世界遺産ならかなわないだろうし、インドの懐の深さに?感謝・・。

アジャンタで最も有名な壁画。フラッシュなしのカメラではこんなにきれいには撮れません。(絵葉書より)
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添乗員のO氏、世界遺産でこんなこと!?
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ちょうど当日、学校の遠足?なのか、大勢のサリー姿の女学生が多く拝観に訪れていて、ツアーの面々は世界遺産もさることながら、せっせとサリーの女学生との記念写真にもいそしんでいた。(もちろん住職もその例にもれず・・

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これが杉若和尚になるとこんなに多くの女の子を従えて・・!
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●夕方から寝台車に乗り込み、今日は列車泊。夜を通してデカン高原を走り続ける。3段ベッドなのだが、一般のイ
ンド人と相席で、なぜか最初のうち、たくさんのインド人の若者が席に座っていて、一体だれがどこの席かわからな
い。自分の席に落ち着くまで1時間以上もかかってしまった。

聞くと若者たちはインドで「BUSHU」という格闘技をやっているグループで、何かの大会の帰りらしい。学生や社会人
もいるが、ほとんどが10代から20代の若者たち。しかし総勢200名ぐらいいるのに、指定の席は70席ぐらいしか確保しておらず、適当に空いている席などにもぐりこんでいるらしい。

そんなわけで、カーテンもない、すぐ向かい側のベッドで若い女の子が一つのベッドに2人でもぐりこんでいたり、中には映画スター並みの美人もいたりして、とうてい日本では考えられない状況で深夜列車は進んでいった。

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とにかく寝ないことには身体が持たないので、まわりの喧噪をよそに、せまい一番上のベッドにもぐりこんで何とか
寝てしまう。

●列車の中に限らないが、インドで日本人が一番困るものの一つがトイレだろう。もちろんホテルなどに洋式もあるが、古いところではインド式(和式)のトイレも多い。ウォッシュレットなどのぞむべくもなく、水で流すことさえ難しいところも多い。(手桶みたいなものに水をためて自分で流す)

そしてそれが列車の中になると、正に極めつけ。簡単にいえば、揺れる個室の中に、足を置く場所と穴があるだけ。
インドでは列車のトイレは今でも垂れ流しなのだ。このトイレを制覇しなければ、列車の移動はかなわない。という
ことで、腹をすえて何度かこのトイレにも挑戦をしたのだった。

インドトイレの極めつけ
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★その他にもツアー期間中、トイレがらみでの不思議な体験集

(その1) あるところで休憩した時、トイレで個室に入ると、どこにも便器らしきものもなく、ただタイルの平面の床があるだけ。さすがに使い方がわからず(まさか野グゾの個室版?)出てきてしまった。

(その2) バス移動中の途中でのこと。ドライブインのようなところで昼食をとり、トイレは少し離れた別の建物だったのだが、2つ並んだ個室の奥の方をのぞくと、洋式トイレの後ろに、何か大きな袋のようなものが置いてある。よく見るとなんと大きな犬が丸まって、しかもぶるぶる震えていた?。しかたなく手前の個室を使用する。あの犬は何がそれほど怖かったのだろうか・・・?気になる。

(旅行記つづく)

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