天吉寺山登山

●おしょう記●ひさしぶりの住職です。花まつり以降も、本山研修や法事・お葬式など、相変わらずのばたばたの毎日だった。しかしこの連休初め、久し振りの山登りに挑戦できた。もう体ガタガタになった。

●一緒に出かけたのは、本山で「古文書」の勉強会をしているメンバー。講師のF先生の呼びかけで、長浜の天吉寺山という山の上の大吉寺跡を目指した。(なんか名前が混乱してくるが・・。)

なんでもここは、9cに創建された天台宗の寺院で、かって源頼朝が平治の乱の後、かくまわれたりした歴史も持つ。しかし織田信長の破却にあって、山頂付近の数十もあった堂宇は焼かれ、現在は本堂跡など、土台しか残っていないそうだ。

麓には立派な案内板が。これだけ見るとどれだけの遺跡が残っているように見えるが・・。
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麓には現在の大吉寺がある。こじんまりしているが雰囲気のある本堂。ばらばらに集まってきたメンバー約20名もここで全員集合。

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F先生からレクチャーを受ける。メンバーはほとんどが佛光寺派の住職とその家族。中には、お墓などの石塔を専門に研究されている方もおられる。F先生は過去に2回登山されているそう。しかし前回は約20年前ということで、もう80歳近くになられるのに大丈夫かとの声も・・。

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まめなF先生は、自分でレジュメばかりか、自坊で竹を切って全員の登山用の杖まで作っていただいていた。そのおかげでいかに助かったことか・・。

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歩き始めてすぐに、皆、今回の登山をやや甘く見ていたことに気が付き始めた。

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何しろ、結構急な坂に加えて、普段は人が通らない道で、倒木があったりしてなかなか先に進まない。それぞれの力に応じて、途中で何度も休憩しながらの登山。

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ようやく「仁王門跡」という看板に出会うが樹木に埋もれてどこが仁王門跡なのか、さっぱりわからない。ここまでですでに1時間近く・・。

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1時間半ほどかかって、ようやく源頼朝の慰霊碑に到着。このあたりにほとんど堂宇跡が集中しているらしいが、やや平坦になった土地に樹木が生い茂っていて、ほとんどどこがそうなのかわかりにくい。

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とにかく腹がへっているので、そのあたりの平地でとりあえず昼食。朝、家で握ってきたおにぎりのおいしかったこと。

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そうこうするうちに、2時間近くかかってF先生到着。皆から拍手がわきおこる。自分で言い出しっぺでありながら、途中で何度も「誰がこんな山登ろう言うたんや!」と愚痴りながら登ってきたそう。しかし、80歳近くでこの山に登る自信のある人は少ないだろう。

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昼食後、もう少し上にある、覚道上人という方の入定窟を見学。本来は弥勒信仰により、56億7千万年後の解脱をめざして、自らが石窟で入定されるのだが、ここは代わりに石像が置かれている。鎌で扉を開けて、全員で読経。

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石像のアップ写真。どこか愛嬌があるような御像である。

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再び、源頼朝の慰霊碑前で、全員の記念写真。一番左の方は、現地の案内人の方。このあたりの山のプロ。わざわざガイドしていただいた。

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●帰路、同じ道を通って下山。予想通り、膝がガクガクしたが、登りよりは早く降りてこれた。普段あまり体を動かしていないので、これから何日間かあちこちが痛むことだろう。

麓には、佛光寺派の寺院もあり、こちらのご住職は実は本山の総務。全員で帰りに寄らせていただいて、お参り。ご本人は本山の方で忙しく、奥さまや老坊守さまが接待していただいた。

●夜はアイアイハウスの職員の歓迎会も予定されていたので、米原から新幹線で帰京。そのままの格好で歓迎会に出席させてもらった。F先生にいただいた竹の杖も大事に持って帰ってきた。

生涯にもう一度行くかどうかはわからないが、体も動かせ、貴重な体験だったと思う。

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