おてらハウス日記

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zoom RSS せんそうこじぞう顛末記

<<   作成日時 : 2015/07/31 18:49   >>

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●終戦後、住職の叔父が、実家である大善院に戦争孤児の遺髪・遺骨を預けていて、それにスポットが当たって初めて法要を勤めたのが2年前。

それから毎年一回、法要を勤めてきて、今年が3年目だが、戦後70年ということもあり、何かシンボル的なものを創りたいという話が関係者から出て、実際はここ半年ぐらいの取り組みで、先日、無事「せんそうこじぞう」のお披露目会を開催できた。

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●当初は京都駅近くに建てたいという希望もあったが、諸般の事情で大善院の境内に建てることになり、また高校生の白井さんのデザインで、地球に乗った子地蔵を自らも防空頭巾をかぶった大きなおじぞうさんが抱く形となった。

実際の石像は、粘土モデルよりもがっちりした体形になったが、それでも、元のデザインを生かして、現在、おてらハウスの前にしっかりと建っている。

●お披露目会当日は、元戦争孤児のOさんや、原爆孤児で元小学校校長のIさんも参加していただき、多くのマスコミ関係の取材の中で開催となった。

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本堂の中は、大勢の参加者で、エアコンも効かないほど暑い中、関係者のあいさつや、元戦争孤児の方のお話、また実行委員会のメンバーによる「寸劇」なども披露された。

いよいよ石像前でのお披露目会。たくさんのカメラが見守る中、孤児の方や関係者が引く綱で石像を覆った布が落とされ、無事落慶となった。

●思えば、、元伏見寮職員遺児であるK先生、研究されている立命館のH先生ご夫妻や生徒のSさんご一家、実務を引きうけていただいたIさんなどなど。80代から10代までの老若男女の会のメンバーは不思議なご縁で出会わさせていただき、ずっと活動を共にさせていただいている。

これも、10数年前に坊守の美也子が、本堂の裏で、遺髪・遺骨の箱を見つけた時以来の、孤児たちの、紡いでくれたご縁かもしれない。


●今後はできれば毎年一回はこじぞうに参拝しつつ、何か記念講演のようなことをする会を持っていきたいと、会の方では考えている。

すでに、遠くからも参拝ツアーをして、本堂で精進料理をという話もきているし、寺院的には、こじぞうとお説教と精進ランチを結ぶ企画も考えているところ。さてどうなりますか。

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